愚かな夢(アイセネ)



「がっ…はぁ」

 夕日の光を背景にぶつかり合い、弾き飛んでいるのは…誰よりも大切な、大切な人の血しぶき。
「アイク!!」
「セネリ…っ」
「待って下さい、今杖を…」
 自分で言っておきながら気が付いたのは、自分達の持ち物がもう全て底をついてしまったこと。手にあるのが、光さえも出せないライブの杖だということ。
「…平気だ、心配するな」
 今もなお光を消さない蒼い瞳と一歩も譲らないとするその表情とは裏腹に、大きくとぎれとぎれに息をする貴方の肩は、もう限界だと教えてくれる。

 そして目の前にいるのは…敵。
「勇者さん、こちらの方が一枚上手でしたね」
「ふざけるなっ…まだ」
「因みにいい知らせがありますが?
何とも君達以外、グレイル傭兵団…だっけ、全員が命を絶えたそうですよ?私達の手によってね」
「………」
「よし、かわいそうな勇者さん、最後に君に究極な選択をあげましょう。
私の剣ももうあと一度しか使えませんが…



自分とその隣の可愛い子、どっちの息の根を止めてもらいたい?」



「………言いたいことはそれだけか」
「私はね、仲間を売って命乞いをする勇者さんの姿を――っ!?」



 目を疑った。
 響く言葉が終わらないうちの、貴方の行動に。
 敵の剣の刃を素手で掴み、その蒼く揺れる服を伝い自分の胸に突き刺した。
 そして崩れてゆく、貴方に。



「――アイク!?」
 なんでっ、と頭の中で連呼した。貴方の名と重なって。
「………生きろ、セネリオ………」
 僕と瞳を合わせることを最後に、貴方はゆっくりとその消えることの無い蒼い光にまぶたを閉ざす。
 僕の名前とたった三文字を残して。
「……アイク?……アイク…アイク……」



「アイクうあああああああああああああああ!!!!!」



 貴方を抱きしめた。

 音は消え、視界は霞み、手が震えて。

 温もり、暖かさ、匂い、叫び、髪、頬。

 赤い血の海。

 そして――。



 その全てが歪み、目を閉じ再び開けた時には……。
 見慣れた天井。蜘蛛の巣が掃除しきれていない壁際。そして僕の横には。
 まだ朝焼けに気づいていない、貴方が。
「………夢、ですか」
 胸が痛くて呼吸が荒かった。貴方はいる、ここにいる。そう自分に言い聞かせてやっと落ち着いた。

 そして僕は自分を愚かだと思った。
 みんなを、言うまでも無い大切な大切な貴方を失くしてしまう最悪な夢なのに。



 貴方が僕のことを命以上に大切にしてくれたことが、
 とても、
 嬉しかったんだ――。



  Fin


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